アグニの神
芥川龍之介
一
支那の上海の或町です。昼でも薄暗い或家の二階に、人相の悪い印度人の婆さんが一人、商人らしい一人の亜米利加人と何か頻に話し合っていました。
「実は今度もお婆さんに、占いを頼みに来たのだがね、――」
亜米利加人はそう言いながら、新しい巻煙草へ火をつけました。
「占いですか? 占いは当分見ないことにしましたよ」
婆さんは嘲るように、じろりと相手の顔を見ました。
「この頃は折角見て上げても、御礼さえ碌にしない人が、多くなって来ましたからね」
「そりゃ勿論御礼をするよ」
亜米利加人は惜しげもなく、三百弗の小切手を一枚、婆さんの前へ投げてやりました。
「差当りこれだけ取って置くさ。もしお婆さんの占いが当れば、その時は別に御礼をするから、――」
婆さんは三百弗の小切手を見ると、急に愛想がよくなりました。
「こんなに沢山頂いては、反って御気の毒ですね。――そうして一体又あなたは、何を占ってくれろとおっしゃるんです?」
「私が見て貰いたいのは、――」
亜米利加人は煙草を啣えたなり、狡猾そうな微笑を浮べました。
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